リニューアル費用3000万円
テレビやカタログ通販が始まって以降の楽仙樓は、試行錯誤の連続でした。水餃子の人気が高まるのはうれしい悲鳴ですが、同時に、毎日の業務に耐えられなくなった厨房などあちこちで、傷みが露呈し始めます。
2003年に店を移転してしばらくたってから、何度も漏水してしまったり、特にトラブルが多かったのが、厨房の床でした。配管が壊れてしまったこともあったし、ビルにもずいぶん迷惑をかけたこともありました。床にたまった水を汲み出しながら営業を続けたこともありました。こんなことが続いて、さすがになんとかしなくてはマズいと思い始めたのが、2018年。とにかく早く。なんとかしないと。どういうわけか、強くそう感じていました。
工事をするなら、今後も安心して働ける状態をつくりたくて、ほかの飲食店ではあまり使わない、でも強度のあるFRP防水という方法を選択しました。内装を変更したり、老朽化した厨房機器も一部を入れ替えすることになり、その総額3000万円。これほどまでにお金がかかるものかと、愕然としたことを覚えています。
けれど、立ち止まってはいられません。まずは、条件にあてはまりそうな補助金をピックアップすることから始めました。まさに、藁をもつかむ思いです。とはいえ、何から手をつけたらいいのかさえわからず、商工会議所に飛び込んで、「店の改装をしたいのだけれど、どんな補助が得られますか?」と相談することから始めました。そのときの担当者と出会ったことは、その後の私にとって大きな糧になりました。書類の書き方ひとつわからなかった私に、ひとつひとつ教えてくれて、店の事業計画を示す文章づくりも、丁寧に添削してくれました。私にとっては、ひとつひとつが勉強です。頭を悩ませながらも事業計画の作文を仕上げたことは、自分自身の将来の方向性を考えることでもありました。リニューアル後の店でやりたいこと、通販事業や工房の計画…。時間はかかったけれど、頭の中が整理されたようで、目の前がクリアになって、前に進む力がわいてくるようでした。結果、いくつかの申請が通って、合計300万円の補助金を得ることができました。
イベントでの売り上げをすべてボーナスに
補助金が出ても、リニューアル予算の3000万円にはまだまだ足りません。そこで、初めて金融機関からの借入れをすることにしました。このころは、知人たちから借りていたお金も返し終わって、さらに売り上げも伸びて実績もでき、金融期間の信用も得られるだろうと考えたからです。
はじめに訪ねたのは、京都信用金庫でした。書類をそろえ、審査も進み、「3000万円借りられそう」と期待がふくらんだものの、最後の最後に「貸せない」という判断でした。そんなー! 早く工事を始めたいし、私はどうしたらいいの!? そんなふうに言って、半泣きで訴えました。そのとき何を言ったのか、よく覚えていませんが、たしか「どうしても店を新しくして事業を軌道に乗せたい」「このリニューアルに賭けている」「絶対やる」「とにかく助けて欲しい」というようなことを感情に任せて吐き出していたのでしょう。
それを聞いた担当者は、もう一度検討してくれて、なんとか1000万円を貸し出してくれることになりました。いつもの私だったら、あんなに上手に自分のビジョンを話すなんてできないはずなのに、あのときは何かが降りて来たのか、火事場の馬鹿力だったのか、今思い出しても不思議に思います。
それでもまだ足りない2000万円は、中小事業者の支援をする政策金融公庫から借りられることになり、これでなんとか3000万円を用意することができました。
リニューアルは、厨房の防水設備だけではありません。客席の内装を新しくし、厨房の配管や動線を刷新し、テラス席も新しくなりました。また、店頭の道路沿いで売っていたお弁当でしたが、夏や冬に年老いた父が屋外に立つのはさすがに厳しくなってきて、店に大きな窓をつくって店内から販売できるように変更しました。それまで何度かリニューアルしてきたテラス席ですが、そのころにはお店の顔として完成形に近づいていました。屋外にテーブルや椅子を置くことに当初は反対していた大家さんも、その完成具合には納得して、認めてくれるほどでした。
そしてなにより、2カ月におよぶリニューアル期間は、従業員みんなの団結をもたらしました。ここまで、いろんなことがあったし、厳しいけれど温かい母の情のようなものが、関わる人たちの心を引きつけ、ものごとをよい方向に導いてくれたのだと思います。
リニューアル後の店は売り上げが1.5倍に増え、忙しさも加速していきました。窓口を新しくして売り始めたお弁当も、つくるのが間に合わないほどよく売れました。うれしい悲鳴はさらに続き、2019年には南座で行われた大規模なイベント「京都ミライマツリ」に出店することに。ものすごい人が集まる場ですから、それなりに餃子(蒸し餃子)をつくってのぞみましたが、それでも足りません。行列をつくって待ってくれているお客様のために、お昼休みに店に戻って追加でつくったりも。1週間のイベントで約130万円もの売り上げをつくることができました。
そして、その130万円をすべて従業員へのボーナスとして分け合いました。「今までありがとう」の気持ちとしては、まだまだ足りないくらいですが、そのときできる最大の感謝の気持ちでした。
リニューアルはさまざまな良い結果をもたらしましたが、あのころ「早くなんとかしないといけない」という差し迫った気持ちーーなかば予感めいたものーーは、正しかったと本当に思います。1年遅れていたら、コロナ禍にさしかかって計画は大幅にずれてしまっていただろうし、銀行の融資どころではない事態だったでしょう。あのころ躊躇して工事をさらに先まで持ち越していたら、工事費は高騰して3000万円では済まなくなっていたでしょうし、いろんなことが、まさに「あのタイミング」しかなかったのだと思います。
店のリニューアル後、毎月のように「過去最高」の売り上げを更新していった楽仙樓ですが、神様はそう簡単にものごとを運ばせてはくれません。2020年、店の営業は停滞してしまいます。新型コロナウイルスによる新たな試練がやってきたのです。