テレビ、カタログ販売の威力
母ひとりでやっていた餃子づくりを、スタッフみんなで一緒にやることになったものの、レシピなど明文化されたものは、一切ありません。材料の分量も味付けも、すべて母の体と記憶にストックされていたのです。それでも毎日母は同じ味を作り出せるのですから、本当にすごいことなのですが。
あるときから、母がつくる餃子を横で手伝いながら、何をどれだけ入れているのか、軽量することにしました。それを何十回繰り返しましたが、面白いもので、肉や野菜の量はもちろん、調味料の分量まで、毎回ほぼ同じ量だったことがわかりました。それを私が書き留め、もう一度再現。それを母に試食してもらい−―これも面白いことに、同じ分量でも母の味と微妙に異なるもので−―味の足し引きを指示してもらい、最終的なレシピとしてまとめました。餃子ひとつの大きさは、18〜20グラム。従業員みんながそれを体得するまで、都度つくったものを計測しながら、ブレることなく作れるようになるまで、1ヶ月ほどかかりました。
そのころ、朝の情報番組『よ〜いドン!』(関西テレビ)の人気コーナー「本日のオススメさん」で、楽仙樓の水餃子が紹介されました。2011年1月のことでした。その直後から問い合わせが殺到し、店内では電話対応に追われることになりました。テレビの影響はやはり大きいものです。
問い合わせ電話の多くは「地方発送してほしい」「通販はやっていないのか」といったものでした。スタッフみんなで餃子をつくるようになったころから、通販のことは考え始めてはいましたが、まだその体制は整っていませんでした。いつかは、やらなきゃならない通販。そのために必要なことは。やるべきことは。
2013年になって、カタログ通販の「阪急キッチンエール関西」に取り上げたいという話があり、地方発送の準備は一気に進みました。
きっかけは、古くから店に通ってくださっていた関谷江里さん(京都の食に詳しいフリーエディター)が、自身のおすすめとして紹介したいということでした。しかも、表紙で! 関西の方ならキッチンエールがどれほどの波及効果があるか、知っている人も多いと思います。でも、カタログの発売は2か月後。時間はないけれど、地方発送を始めるのにこれほどベストなタイミングはありません。
何を準備して、どう始めたらいいのか、まず保健所に連絡をして、イチから教えてもらいました。一般的な通信通販に必要な申請、商品に必要な表示を細かく聞き、基本的なカロリー表示さえも手付かずだったので、やることはたくさん。原材料(産地も)をすべて書き出し、栄養成分表示をして、賞味期限を設定して。
カロリー計算、成分表示など、外注してやってもらうこともできますが、できるだけ準備資金は節約したかったので、勉強しながら自分で算出する方法を覚えました。通販用のボックスを安くまとめ買いして、そこに貼るラベルも家庭用プリンターで簡易印刷してここでもコスト削減。配送業者は知り合いを通して、冷凍品でもできるだけ送料を抑えてもらえるよう交渉しました。
「阪急キッチンエール関西」の配布とともに、水餃子の注文は殺到し、あっという間に1000セット(1セット10個入り)もの注文が入りました。これは誰にとっても予想以上の売れ行きで、すぐにリピート購入もありました。
初のキッチンエール関西掲載カタログ
というのも、水餃子はもともと、皮のもちっと感を保つために、つくってすぐに冷凍する方法をとってきました。だから保存料も使わないし、素材の味も劣化せずに済みます。その状態のまま発送して、家庭で食べるときにはお湯に通すだけで皮のもちっと感は蘇るし、難しい調理の手間もいりません。今さらながら、母の水餃子は冷凍&発送という方法に向いていたのだと気づかされたのです。
朝から晩まで、母も加わってずっと水餃子をつくり、発送し、またつくって。どれだけつくってもすぐ足りなくなってしまうほどでした。
ECサイトを開始
短期間での1000セット販売は、今でも最高記録です。その後、2015年には楽仙樓オリジナルの通販サイトも立ち上げました。
相変わらず餃子はすべての工程が手づくりでした。母は週3日だけ出勤して、餃子づくりを手伝いますが、かつてのように長時間働くことはできません。機械化すれば効率もよくなるし、たくさんつくれるんじゃないかと思って、リサーチをしたこともありました。が、やはり全行程を機械化するのは難しく、皮で餡を包むのは人の手でやるしかありません。材料を細かく切ったり混ぜたりする工程だけ機械化し、それは今も続いています。
そのころ、私の中にはひとつの思いが湧き上がっていました。
「いつか水餃子の工場をつくりたい」
冷凍の水餃子の通信販売が好調だったということもあり、また百貨店への出店(期間限定のフェアなど)も増えてきて、店頭だけでない別チャネルを伸ばしていきたいという思いが強くなったのです。もちろん、主力商品は水餃子です。それに対応するために、まずは店の近くに工房となる物件を探し始めました。すぐには見つからないだろうとわかっていましたから、コツコツと。街を歩きながらいい物件を見つけたら電話して、内見して。それを繰り返しながら、私は自分の夢が大きくなっていくワクワク感でいっぱいでした。