「よ~いドン!」と「よんちゃんTV」の「自転車たび」をご覧くださった皆さま、ありがとうございました。
実は、同じ日に2件のテレビ収録
実は、この2つの番組、収録が同じ日だっただけでなく、放送日まで同じだったんです!
先に決まっていたのは「よんちゃんTV」の収録。そこへ急きょ、「よ~いドン!」の皆さんが来てくださることになりました。
お料理だけを撮る「物撮り」などもあって、次の撮影までの余裕は、わずか30分。なかなか慌ただしい一日でした。
放送には映らなかったことも、実はたくさんあります。笑ってしまう失敗も、うれしかったことも。忘れないうちに、少し書き残しておこうと思います。
「よ~いドン!」で感じた八光さんの優しさ
まずは「よ~いドン!」のお話から。

水餃子6個入りに、3種類のタレを添えてお出ししたのですが、私、ここで間違えてしまいました。

本当は、黒酢ダレ・甘辛酢ダレ・ごまダレの3種類なのに、甘辛酢ダレを2つ出してしまっていたんです。
しかも、カメラが回っていて、おしゃべりしている最中に気づいて、「間違えた!」と言ってしまいました。
すると八光さんが、「大丈夫、ちゃんと編集でやるから」と声をかけてくださって。そのまま、一番差し支えのないごまダレで食べてくださったんです。
本当に助かりました。慌てている私に、さりげなく気を遣ってくださって。優しかったです。
放送には入らなかった、私の名前の由来
壁の文字についてお話しした場面では、私の名前の説明もしていたのですが、そこはカットされていました。
私の名前は「玉坤(ユィコン)」といいます。そのまま日本語の名前にするのは難しいので、「玉」を外して、「坤」の土へんをにんべんに変えて「伸」。そこに「子」をつけて、「伸子」です。
……これは確かに、説明が長いですよね(笑)。
そのあとにつなげにくかったのかもしれません。
実は、こんな場面も撮っていました(笑)
水餃子を茹でている場面もありましたが、実は私、普段は茹でていません。餃子は包みますが、茹でるのは厨房の仕事です。
ほかにも、仕事をしている様子を撮るために、テラスの机をひたすら拭いたり、みんなに指示を出したりする場面も撮っていただいたのですが、そこは一切使われませんでした(笑)。
干豆腐のサラダも撮影していただいていたのですが、放送には入りませんでした。たくさん撮影した中から、一つの番組になっているんですね。
工房では、進行役をすっかり忘れていました
工房での撮影では、父と母が質問に一生懸命、日本語で答えていました。
私は横で、二人が話し終わるまでずっと聞いてしまって、自分がフォローすることをすっかり忘れていたんです。
ディレクターさんに「会話に入ってください!」と言われて、そこで骨折の話をしました。進行役をするのを忘れていました(笑)。
お話を聞きながら、会話をつないで、番組を進めていく。テレビのタレントさんって、本当にすごいなあと思いました。
父と母の元気な姿をお届けできたこと
今回、何よりよかったのは、父と母の元気な姿を皆さんに見ていただけたことです。

撮影のほんの1か月ほど前まで、母は体調が悪く、餃子を作りに来られない日が続いていました。ちょうどしばらく調子がよく、テレビにも出ることができて、本当にいいタイミングでした。
母は厨房で鍋を振る仕事から離れてから、お店に出ることもなくなりました。父も1年ほど前まではお弁当を売りに来てくれていたのですが、足が痛く、毎日立ち仕事をするのが難しくなりました。
常連さんや、久しぶりに来てくださったお客様が、「どうしてはるの?」と心配してくださっていたので、今回、二人の元気な姿をお届けできたことが、とてもうれしかったです。
娘の思い出と、念願の「人間国宝さん」
娘も、番組を見て「感動した」と言っていました。
下鴨にお店があったころ、娘はお店の2階で、私の仕事が終わるのを待っていました。おじいちゃんが仕事帰りに保育所へ迎えに行き、お店の2階で私を待つ。それが日課でした。
おばあちゃんのご飯を、一番食べていたのは娘だったと思います。
そんな娘にも見てもらえて、今回、念願の「となりの人間国宝さん」に認定していただけて、本当にうれしいです。
実はこれまでにも、「よ~いドン!」の「オススメ3」のコーナーで、4回紹介していただいたことがあります。
1回目は水餃子、2回目は冷麺、3回目はセロリ入り水餃子、4回目は黒米のお粥セットでした。
母が生活のために頑張り、守ってきた楽仙樓。そのお店を引き継ぐ重みと責任が、自分にはあるのだと、あらためて実感しました。

放送後にいただいた、うれしい言葉
放送後には、思いがけない反応もありました。
父と母が小柄なので、一緒に映っていた私が大きく見えたらしく、実際にお会いして「思っていたより小さかった!」と驚かれたお客様も(笑)。
父と同じような経験をされ、中国に残らず日本へ帰ってこられた方が食べに来てくださったり、懐かしんでくださる方がいたり、励ましの言葉をいただいたり。
番組を通じて、いろいろな方が気持ちを寄せてくださったことも、ありがたかったです。
「自転車たび」と、徳井君との思い出
そして、「よんちゃんTV」の「自転車たび」。


文化祭のお話、私の記憶違いでした
まず、文化祭のお話で訂正があります。
焼き鳥は、私が高校3年生のときの文化祭の出し物でした。徳井君のクラスがおでん、私のクラスが焼き鳥。2年生のときの話ではありませんでした。
私が覚え違いをしていた、というのが正解です。30年以上前のことで、いろいろな記憶が混ざり合っていました(笑)。
いつも忘れずに食べに来てくれること

徳井君は酢豚が好きで、この日もあとから追加で注文してくれました。毎回、食べてくれている気がします。

黒酢麺も好きですが、担々麺も時々食べはります。
時間があるときには食べに来てくれて、ご家族と一緒にいらしたり、妹さんが来てくださったり、お父さんがお友達と来てくださったり。いつも忘れずにいてくれることが、本当にありがたいです。
サインと記念写真にも、嫌な顔ひとつせず
そして、山崎アナウンサー、本当にかわいかったです。
最後には、お二人にサインをいただき、従業員とも一緒に写真を撮ってくださいました。

徳井君は、いつもどんなお願いにも、嫌な顔ひとつせず応じてくれます。そのたびにありがたいなと思いますし、たくさんの人に愛され、好かれている理由は、こういうところにあるのだろうなと感じました。
番組を作る皆さんの熱意も、全てが宝物
今回、もう一つ心に残っているのが、両番組のディレクターさんのことです。
お二人とも、いい番組を作ろうと本当に熱心に奔走されていて、その気持ちがこちらにも伝わってきました。納得がいくまで、ぎりぎりまで調整してくださっていたのが印象的でした。
「よんちゃんTV」のディレクターさんは、「すごくいい構成になった」と、思いを伝えてくださいました。
こんなに熱心なディレクターさんたちと出会えたことも、今回のうれしかったことの一つです。
慌ただしかったことも、間違えてしまったことも、放送には入らなかった場面も。そして、父と母の姿や、お客様からいただいた言葉も。
私にとって、全てが宝物です。
忘れないうちに、書き残しました。
番組を作ってくださった皆さま、見てくださった皆さま、そして、いつも楽仙樓を気にかけてくださる皆さま。本当にありがとうございました。